京都の左官

 塗り壁の発祥は、お城の白壁や千利休が始めたお茶室の聚楽壁によって大々的に発展したものであります。これらの壁の材料が主に京都近辺の土地で採取された事から、左官の技術を含めて京都が左官の中心的な存在として現在に至っています。
 特に京都は、重要文化財の建物が多くありその維持修復に左官の技術の継承が求められています。地方には小京都と呼ばれる町や、京都にあるお茶室に習った建物があるため、それらの技術は今でも京都から発信されています。又、その習得のため京都を訪れる職人さんも少なくありません。

投稿者 sakan : 2005年11月10日 11:12

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